8月20日に福井県立大学の村井耕二教授をお招きし、第17回生命科学セミナー「コムギにおける日長感応性細胞質雄性不稔 ~雄ずいの雌ずい化~」を開催しました。
村井先生は、コムギにおける細胞質雄性不稔研究の第一人者です。
近縁種 Aegilops crassa の細胞質を連続戻し交配によってパンコムギに導入した細胞質置換系統を用い、花の形態変化(ホメオティック変異)によって生じる雄性不稔を体系的に研究されています。
このAe. crassa細胞質を持つパンコムギでは、日長条件によって雄ずい(おしべ)が雌ずい(めしべ)に変化する「Pistilody」と呼ばれる現象が見られます。
コムギの正常な花は、スライドの左上に示された写真のように白くフワフワした雌ずいが1本、その周囲に黄色い雄ずいが3本あります。
右下の写真に進むにつれて、雄ずいが雌ずいに変化していく様子が観察されます。
本セミナーでは、村井先生がこれまでに成し遂げられた成果のうち、3つをお話しいただきました。
1.花成に関わる遺伝子の同定
コムギの花成に関わるABCモデル遺伝子を複数同定されました。
その発現領域を解析することで、Pistilodyの直接的な原因が、雄ずい原基で働くクラスBのMADS-box遺伝子の発現消失と、それに代わるYABBY遺伝子の発現であることを明らかにされました。
2.Pistilody抑制遺伝子の発見
Pistilodyの原因は細胞質にありますが、それを回復させる遺伝子は核ゲノムに存在します。
染色体部分欠失集団との交配実験を行い、回復遺伝子 Rfd1 がコムギ品種「Chinese Spring」の7番染色体長腕にあることを突き止められました。
さらに、核ゲノムを「農林26号」にすると、15時間以上の長日条件ではPistilodyが生じ、15時間以下では正常に戻るという「日長感応性細胞質雄性不稔(PCMS)」を発見されました。
3.ハイブリッドコムギ品種の育成
Pistilodyを起こすコムギを利用し、「二系法」による育種法を確立されました。
これにより、日本で初めてのハイブリッドコムギ品種の育成に成功されています。
北海道では長日条件のためPCMS系統は不稔になりますが、この性質を利用し、花粉親と並べて栽培することで交雑種子(ハイブリッド品種)を得ることが可能です。
ハイブリッド品種は病害抵抗性や収量性が高まりやすいという大きな利点があります。
このハイブリッド品種を短日条件の本州で育てればPCMSは生じず、種子=可食部を得ることができ、雑種のメリットも享受できます。
学会やセミナーで村井先生のお話を伺う機会はこれまでもありましたが、今回は研究の一部にとどまらず、長年にわたるご研究の流れを学ぶことができ、大変理解が深まりました。
セミナー後には竹中研究室の大学院生とも交流してくださり、貴重な機会となりました。
村井先生、誠にありがとうございました!
(辻村)