植物と聞いて思い浮かべるのは、緑の葉や綺麗な花、果実などの目に見える地上部だと思います。しかし、植物は土の中にも根を張り巡らせています。この植物根部は、単に地上部組織を支えたり、水や養分を土壌中から植物体全体に吸い上げるためだけの組織だと思われがちです。
しかし、最近の研究で、植物は根部で土壌中の環境変動を知覚し、その情報を地上部組織に伝えているという報告が相次いでいます。その一つが乾燥で、土壌が乾燥すると根部でCLE25と呼ばれる遺伝子が活性化し、合成されたタンパク質の一部がペプチドホルモンとして地上部に運ばれ、地上部で気孔を閉じさせるという一連の乾燥ストレス応答反応を誘導することが明らかにされました。このようなCLEペプチドを介した根部と地上部の間のシグナル伝達は、例えば、マメ科植物では必要以上に根粒ができないようにするメカニズムにも関わっています。CLEペプチドは、これまで茎頂・根端や維管束にある分裂組織の活性制御など、形態形成において比較的近い距離にある細胞間で作用するペプチドホルモンとされていましたが、環境応答や根部―地上部という長距離のシグナル伝達に関わるものもあることが徐々に知られつつあります(表1)。
植物の長距離シグナル伝達でよく知られたものの一つとして、全身獲得抵抗性と呼ばれる現象があります。これは、一部組織が病原体に感染すると非感染部位でも抵抗性反応が誘導され、二次的な感染に対して強くなるという現象です。この感染部位から非感染部位へのシグナル伝達に関わる分子が明らかとなれば、農作物の病害防除にも大きく貢献する可能性があり、盛んな研究が進められてきました。これまでにいろいろな分子が明らかにされてきましたが、その仕組みはまだまだよくわかっていません。
そこで、我々のグループは、特に根から地上部へと伝わる長距離免疫誘導シグナルにCLEペプチドが関わっていないかどうかを調べました。植物を植えている土壌に植物免疫ホルモンであるサリチル酸(SA)を処理すると、地上部で防御応答が誘導される現象が知られています。我々は、土壌SA処理によって植物の全身獲得抵抗性反応の制御因子であるWRKY33と呼ばれる転写因子遺伝子が地上部で活性化されることを見出しました。また、土壌SA処理により植物根部維管束ではCLE3遺伝子の発現が誘導され、この根部特異的なCLE3発現が地上部でのWRKY33発現に必要であることも見出しました。さらに、CLE3遺伝子発現はSAのみならず、植物免疫を誘導する病原菌由来分子(PAMPsと総称されます)の処理によっても誘導されました。これらの発見は、根から地上部への防御シグナル伝達物質がCLE3ペプチドであること、そして、地上部で誘導される防御応答がWRKY33を介した全身獲得抵抗性に似た防御応答であることを強く示唆しています(図1)。微生物が多く存在し、病原菌リソースにもなりうる土壌環境(病原微生物の存在)を根で検知し、地上部での抵抗性を誘導するシステムかもしれません。今後、この仕組みが明らかになることで植物の生態がより深く理解できるようになったり、また、新たな農作物病害の予防や防除法の開発につながることが期待されます。
Root-specific CLE3 expression is required for WRKY33 activation in Arabidopsis shoots.
Ma D, Endo S, Betsuyaku E, Fujiwara T, Betsuyaku S, Fukuda H.
Plant Mol Biol. 2022 Jan 17. doi: 10.1007/s11103-021-01234-9.
なお、本研究は京都先端科学大学および東京大学との共同研究で行われました。また、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)ERATO野村集団微生物制御プロジェクト、および、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務(JPNP18016)の結果得られたものです。